これは、初めてバイクでキャンプツーリングをすると、いろいろなことが起こるのだなぁ、というお話です。


登場人物

同期A: 大学の写真サークルの同期生
先輩A: 大学の写真サークルの先輩


29Apr1998(第1日)

柏のインターから高速に乗って同期A宅に向かう。前日の電話で、同期A宅に8時集合と約束していたにもかかわらず、着いてみれば9時。原因は単なる私の寝坊だ。時間が時間だけに、途中の三郷料金所では既に対向車線が大渋滞であった。この先が思いやられるなぁ。ゴールデンウィークだから仕方ないけど。

同期A宅前に着いたので、早速電話する。しかし留守電。あれ、まさか先に行ってしまったのか。とりあえず着いた旨を吹き込み、通りの向かい側のさくら銀行のキャッシュコーナーへ旅の軍資金をおろしに行くことにする。

懐を暖かくして、同期Aからの連絡を待っていると、同期Aがバイクを押してやってきた。

その場で、私が同期Aの留守電に私の携帯の番号を吹き込み忘れたことが発覚。そりゃ待っていてもかかってこないはずだ。申し訳ないことをしたと言いつつ同期Aのジェベルのオドメーターをのぞき込む。ぎょ、まだ2千キロ台。新車?と聞くと、既に1年以上経っているとの返事。なんとまぁ、今回のツーリングで1年分以上乗ることになるのね。

東名の用賀インターまでは、地元の強みを活かしてもらうため、同期Aが先頭で走った。意外と空いている。程なくインターに着いたので、私が先頭に代わる。高速道路ではやはり大排気量のカウル付きオンロードは楽。同期Aのジェベルは強い向かい風だったこともあり、つらそう。それで、ほとんどのサービスエリアで休憩することにした。もっとも、私のバイクが100キロ毎の給油を要求するというのも大きな理由だったりする。

まずは海老名のサービスエリア。ここで、吉野屋の牛鮭定食を食する。寝坊したので朝御飯を食べていなかったのだ。ついでに本日の予定を相談。伊勢湾フェリーで紀伊半島に渡ることに決定した。浜松インターまでは同期Aにがんばってもらいましょう。

遅れたらガス欠だから先に進んでいていいよ、との同期Aの言葉に、まさかぁ、と思っていたら、ほんとに同期Aがみるみる遅れ出す。ぎょっとしてバックミラーをのぞき込むと、すぐにリザーブに切り替えたらしく、同期Aの頼もしい走りが復活してきた。しかし次のサービスエリアまではまだ30キロ近くあるはず。大事をとって、次の静岡インターでおりることにする。

ガソリンを満タンにして、また静岡インターに入ろうとしたら、携帯のコール。自宅の留守番電話が転送されてきた。ちょうど良いタイミングなので、自宅の留守電をチェックする。

浜松インターまではガス欠もなく、無事に国道にはいる。しかしその後、途中の有料の橋の出口がわかりづらく、道に迷いかけてしまう。時間的なロスはほとんどなかったけどね。

やはり国道は時間がかかる。何とかフェリーは最終便のひとつ前、5時発に間に合ったが、フェリーの所要時間は1時間。対岸に着くのは6時である。予定では6時に本州最南端の潮岬に着いているはずだったのだが(どんな予定だ(笑))。急遽ツーリングマップでキャンプ場を探す。フェリー発着場からほんの少し南にキャンプ場のマークがあった。ここにしよう。キャンプ場も決まったので安心して一休み。

フェリーは定刻通り到着した。やれやれ。まだ日は沈んでいないから、テントの説明書を見ながらじっくりたてられるぞ。出発前にテント設営の練習をしなかったので、やや不安なのだ。

しばらく南に向かって走り、キャンプ場があるとおぼしき海岸にたどり着いた。しかしキャンプ場の表示はどこにも見あたらない。別のキャンプ場はいくつもあるのだが。おかしい。二人で行ったり来たりを繰り返す。日はどんどん暮れていく。仕方がないので地元の商店のおばちゃんに聞くと、そのキャンプ場は数年前になくなったとのこと。がっかり。とりあえず商店の閉店時間を聞いて、先ほど見かけた芝生のキャンプ場に向かう。同期Aが値段を確かめると、なんと600円。水場もトイレも完備。はじめからここにすればよかった。もう辺りは真っ暗。

暗闇の中でまずはテントの設営。案の定、事前に練習していなかったのがたたり、うまく設営できない。ポールの起こし方を同期Aに習い、どうにかドーム型にはなったものの、フライシートの使い方がよくわからない。暗いので説明書を読む気にもなれず、とりあえずかぶせるだけにする。天気も良いし、風もないから問題ないだろう。しかしなぜかペグはいっぱい余っていたりする(笑)。

テントを設営し終え、次は食料の調達。先ほどの商店でえのきその他調味料は入手したものの、お弁当の類が置いてなかったので、さらにコンビニを探して北上することにする。フェリー発着場をさらに過ぎたところでようやくコンビニを発見。米を炊いている時間がないのでお弁当を購入し、缶詰もあわせて買い込む。

キャンプ場に戻ると早速夕飯の準備。といっても米を炊くわけではないので、みそ汁用のお湯を沸かし、炒め物を作るだけ。本格的なキャンプの夕餉は明日に持ち越しだなぁ。

二人とも長距離を走って疲れていたので、10時過ぎにはもう寝てしまった。


30Apr1998(第2日)

波の音で目を覚ます。6時。しかし同期Aは既に起きていて、コーヒーなんかをすすっていたりする。やはりキャンプの朝はコーヒから始めるべきだよね。私も早速コーヒを入れる。簡易ドリップ式(モンカフェ方式)なのでインスタントよりはおいしい。

周りのキャンプライダー達はもう出発の支度をしている。一番早い人は6時過ぎには出発してしまった。ひぇ~。一方我々はというと、優雅にベーコンエッグなぞを作って食べてたりなんかして。余った卵もゆで卵にして後で食べることに。やっぱりキャンプの醍醐味は食事だなぁ。

醍醐味をさんざん味わってしまったので、出発は9時を過ぎていた。

さて、我々は未だ伊勢湾にいる。まずい。予定を半分も消化していない。とにかく潮岬に向けて南下することにする。お昼は途中の大衆食堂で刺身定食。時価。味はまずまず。900円也。食事の後少し走ったところで温泉に入った。昨日は風呂に入れなかったからね。しかし風呂から上がるともう3時近くに。潮岬はまだ遙か遠く。この時点で本州最南端制覇は諦めることになった。ずっと海岸沿いを走っていたのを、途中で内陸方面に進路変更。そして途中のジャスコで本日の食料を調達した。米やカルビ、牛タンなども購入して結構リッチな(油は安売りをしていたという理由で Extra Virgin のオリーブオイルだし(笑))夕食になりそう。たくさん買い込んだので、バイクの後ろに全てを積めなくなり、急遽ペットボトルホルダーも購入した。500ccのペットボトルをベルトにぶら下げられるクーラーバッグだ。これはなかなか具合がよい。しかし腰には既にGPSを下げているので、やや変態っぽいのが難点。

川沿いを西進し、目的のキャンプ場に。しかしキャンプ場の矢印に従っていくと、先着のライダー達がたむろしている。どうやら工事中で通れないらしい。やむなく遠回りしてキャンプサイトに到着。事務所は5時でしまってしまったらしい。明日の朝払うことになるようだ。料金は500円。なかなかよいじゃないかということで早速テント設営。2日目なので慣れたもの。すぐに設営は完了した。フライシートもばっちり。

同期Aがご飯を炊いてくれるので、私は飲み物の買い出しに。ここは全体が温泉付きの公園になっていて、かなり広い。キャンプサイトはその一部って訳。向かい側はテニスコートだし。てくてく歩いていくと、ここの村の観光課も公園の中にあった。自販機を探しに行ったときは観光課の方に明かりがついていたが、帰りに通ったときは、その観光課と同じ屋根の下のスナックの方に明かりがついていた。

テントに帰ると、もうご飯が炊けていた。同期Aは謙遜していたが、食べてみると実にうまい。とてもただの鍋で炊いたとは思えない。カルビ、牛タン、それから私がてきとーに切った野菜で豪華な夕食が始まった。既に暗くなっていたので、同期Aのガスランタンを全開にする。明るくてよいなぁ。私も今度はガスランタンを用意することにしよう。

ピーマン、タマネギ、トマト、椎茸、それから同期Aおすすめのえのき。あっという間に平らげて、おなかがいっぱいになった。温泉は8時半までだったので入れなかったけど、とっても満足して床につくことができた。


1May1998(第3日)

6時前には起床。朝御飯にも同期Aはご飯を炊いてくれた。美味。しかしまたもや周りのライダー達からは後れをとる。しかもまじめに料金を払いに行ったら、テント一張り1000円だって。許容範囲ぎりぎりだけど、書いてある料金と違うのでちょっと不満。

今日は同期A推薦の千枚田をまず見に行くことにする。

道がわかりにくくて少し迷ったけれど、「千枚田はこちら」の看板に助けられてとりあえず到着。観光地としてしっかり整備が行き届いていて、駐車場付きの東屋まであった。少し雨が降っていたのでこれは助かる。とりあえずカメラ機材を広げてから、まずは千枚田観覧用のベンチに座って眺めてみる。

ベンチは千枚田を見下ろせるように、普通とは逆の崖下向きに設置されているので、座ったまま絶景を眺めることができる…はずなのだが、あいにくの小雨で空は灰色、田植えも中途半端で、水を張っていないところがいくつもあり、いささか興ざめ。まぁ私のカメラにはT-MAXが詰めてあるので、色は関係ないさ、と早速撮影開始。やっと写真部らしい活動ができるな。いつも通り24mmF2をセットし、まずは全景を収める。しかし超広角ではロングショットのバリエーションはそうそうない。そこで、ちょっと崖を下り、可憐に咲く黄色い花にぐっと迫る。こうすることで、前景に花を取り込みつつ、背景の千枚田を大きく取り込むことができるのだ。超広角の教科書通りの構図。我々のすぐ後にやってきた、写真を趣味にしているらしいおっちゃんは、地面にへばりついて写真を撮っている私を見て、「なるほど前景に花を持ってきたんだな」。う~む、ばればれ。

同期Aは農作業をしているおばちゃんを点景に入れた写真を撮っているようだ。私は24mmを付けたまま、さらに被写体に迫るべく千枚田の間を下へと降りていった。雨が少し強くなってきた。今回はいつものOM-4Tiではなく、学生時代から使ってきたOM-2SPなので少々心配。OM-4と違って防滴シーリングされていないからね。でも、ファインダーを覗いている間はそんなこともすっかり忘れて、作画に集中してしまう。

そこそこ撮影を堪能したところで、フィルムの残がなくなった。ついでにワインダーの電池も切れてしまった。のたのたと東屋まで戻る。時計を見るともう12時に近い。ぎょっ。ここってまだ紀州のど真ん中、山の中だぜい。夕方までに神戸に着いていないといけないのに、悠長に写真を撮っていていいのだろうか。とりあえずここはもういいやということで、フィルムと電池を交換して、そそくさと出発することにする。

千枚田の中をくねくねと通る道を下っていくと、上からは岩の陰になって見えないところに、たくさんのかかしが干してあった。なかなかユーモラス。実際に彼らが活躍しているところをフィルムに収めたかったな。

しばらく走ると雨が強くなってきたので、橋の下で雨具を着込むことにした。同期Aはついでに荷物のパッキングをやり直す。さぁ、ここからは急がなければ。

ひたすら西進し、とりあえず熊野神社の本宮に着いた。せっかくだからお参りしていこう。シャッターを切りながらやたらと長い階段を上り、撮影禁止の境内にはいる。ここは神様が4人(?)いるらしく、お参りをするところが4カ所ある。それぞれの鈴を鳴らし、旅の無事を祈る。小銭がなかったので、賽銭は一カ所だけにした。4人で分けてくださいませ。

ここからはひたすら北上である。急げ~。

しかし10kmほど走ったところでめはり寿しのお店を発見。お昼ご飯がまだだったので、早速入ってしまう。めはり寿しは、寿しというよりは高菜にくるんだ炊き込みご飯という感じ。もう一つさんま寿司というのもあり、こちらは一般的な押し寿司。二人で両方頼んでみた。両方美味だが、おみやげにはさんま寿司の方が喜ばれそうだな。ということで先輩Aへのおみやげはさんま寿司に決定する。

ますます時間がなくなってきた。我々は先を急ぐことにした。

ところが途中にいい温泉があったりして、やっぱり先輩A宅を訪問するんだから、一風呂浴びておきたいよな~、ということで二人の意見が一致してしまう。道沿いにあった限りなく銭湯に近い温泉が開いていたので、またまた停車。ドライヤーが備え付けてなかったこともあって髪を洗うことこそ諦めたが、十津川温泉をしっかりと堪能してしまった。

さぁ、もう一刻の猶予もないぞ。

この時点で私はまだ、夕方過ぎには神戸に着くなどと戯けた妄想を抱いていた。しかし現実は厳しい(笑)。夕方過ぎ、我々はようやく山間部を抜け、大阪平野にたどり着いた。と同時にPHSが使えるようになったので、早速先輩Aに電話する。現在地を告げると、先輩Aは絶句してしまった。夕飯を甘えることになっていたので、我々が着かないと、先輩Aご夫妻に多大なるご迷惑をかけてしまうことになるのだ。とにかく少しでも早くと、我々は高速道路の入り口を探した。

無事高速に乗り、湾岸線を神戸に向かう。東京の湾岸線もきれいだけれど、大阪の湾岸線もなかなかすごい。いきなり重工業地帯から始まり、そこを過ぎると派手な大阪の町並みが広がる。そしていよいよ神戸の灯りが。神戸に来るのはポートピアの博覧会以来だな~。

私はこうして周りの景色を楽しみながら走っていたが、湾岸線だけあって風が強く、同期Aはかなり苦労して走っていた。しかし先輩Aが待っているので、心を鬼にしてスロットルはゆるめない(笑)。高速の乗り継ぎ券なるものを出口で貰い、さらに垂水区に向かう高速に乗り換えた。この高速を降りれば、先輩A宅はもうすぐだ。時計の針は既に8時を大きく回っていた。

事前に聞いていたとおり、X社の車ばかりが出入りしていたので、先輩A宅はすぐにわかった。聞けばX社の車以外を持っていても駐車場を割り当ててもらえないために、出入りするのがほとんどX社の車になっているのだそうだ。厳しいね。もっとも、来客用の駐車スペースが3台分あって、そこはさすがにX社の車以外でもよいそうなので、ホンダ車の私は安心した。ん?そもそもバイクは関係ないって(笑)。

先輩Aご夫妻とは銀座以来、まずはお久しぶり、ということで、とりあえず荷物を入れさせてもらってほっと一息。新築のマンションということもあって、とてもきれいで広い。いいなぁ。思わず自分の部屋と比較してしまう。うちも掃除しなきゃ。

ずいぶんと待たせてしまったので、まずは夕飯をごちそうになる。メインはカレーライス。牛肉が大きくてとってもおいしかった。ごちそうさまでした。

食後は先輩AのPowerBook2400cの中身の探検。怪しい(笑)ファイルはないかと「最近使った書類」の所を見る。おお、なぜかStuffItの圧縮ファイルが並んでいるではありませんか。センパーイ、解凍しちゃっていいですかぁ?もちろん返答は不可でした(爆)。

先輩Aが入れてくれたコーヒを久しぶりにいただきながら、なぜかMyth-闇の破壊神-というゲームの秘技を見せていただくことに。デモ版なのに味方を皆殺しにしてしまうという荒技。皆血しぶきをあげて死んでしまうのはなかなかすごかった。しかし、クリエイターであるべき写真部の面々が揃いながら、ゲームの裏技に熱中し続けるのもね、ということで先輩Aのイラストの数々を見せていただくことにした。驚くべきは、それらのイラストが全てトラックパッドだけで描かれていること。ベジェ曲線を操作するなら、マウスの方が数段速くて楽だと思うんですけど…それにトラックパッドってめちゃくちゃ熱くなりません?改めて先輩Aの偉大さを知った一幕でした。

楽しいひとときはあっという間に過ぎ、すっかり夜も更けてしまったので、我々二人はお風呂をいただいてから布団に入って休ませてもらうことにした。しかし写真部OBが集まったというのに、全然写真の話をしなかったなぁ(追記:記憶が次の日とごちゃ混ぜになってました。実際にはPowerBook2400cでPhotoCDを見せてもらったりしてました。そのときPioneerの外付けCD-ROMドライブだとゴミ箱にCD-ROMをドラッグしてアンマウントしただけでドライブのふたが開くんだよという話を私からしたりしてましたよね。先輩Aごめんなさ~い。決して見せていただいた写真を忘れたわけではないんですぅ)。


2May1998(第4日)

久しぶりの布団で快眠。真新しいふかふかの布団はとっても気持ちがよかった。

窓の外から小学生のにぎやかな声がする。窓を開けると、小学校が見えた。今日は土曜日だから、彼らは学校なのだな。

さて、私は起きるとすぐに、最終日の帰宅手段の確保にかかった。同期Aのツーリングマップを頼りに、フェリーを予約するのだ。新築の立派なマンションだけあって、室内ではPHSの電波が届かない。なので、外に出て、子供達の喚声を聞きながら予約することにした。東京にかけたら徳島にかけろと言われたりなんかして、いささか手際の悪いことをしたが、無事5May1998徳島発のフェリーを予約できた。この時期に予約できるなんてラッキー、と喜んでいたら、着くのは6May1998で平日だから空いていたのでは、との同期Aの冷静なつっこみ。しかし当日になって、やっぱりラッキーだったということがわかるのだけれど。

朝御飯は音楽を聴きながらのトーストとサラダ。窓からは心地よい風。うーん、非現実感すら漂うくらいの美しい土曜の朝だなぁ。普段の自分を振り返って、そのあまりの落差にやや反省。土曜の朝って、ついつい寝坊してしまうのだよな、いつもは。

朝食をいただいた後、私は写真部らしくカメラを持ち出して先輩Aご夫妻の写真を撮らせていただく。同期Aも最近手に入れたというコニカヘキサー初期型(ブラック)を取り出してきた。現行型との違いはサイレントモードの有無だそうである。なぜコニカはわざわざ機能を削ってしまったのだろうか。謎。

お紅茶とクッキーをいただきながら、ヘキサーのメリットデメリットについて論じあっていたら、あっという間にお昼になってしまった。げ、今日はこれから雨になるのではなかったっけ。同期Aはこれから大阪の自宅に帰るだけだから大丈夫だけれど、私は今晩の宿を探しておかないと、とてもテントを張れる天気ではなくなりそうだぞ。

先輩Aの家を辞去して、同期Aとも別れて単独ツーリング状態に。決意も新たに荷物の緩みを直していると、後ろからなんと先輩Aが追いかけてきた。同期Aが玄関先にワイヤーロックを忘れていったらしい。わざわざ追いかけてきてくれたんですね。ありがとうございます。ワイヤーロックを預かり、もう一度荷物を積み直す。目の前には明石海峡大橋。さぁ、行くぞ。

楽しみにしていた明石海峡大橋であったが、低気圧が急速に近づいており、ものすごい風が橋に吹き付けていた。ぼけっと走っていると、すぐに隣の車線に吹き飛ばされるくらい強いのだ。私はタンクをがっちりとニーグリップし、まっすぐ走ることに専念せざるを得なかった。連休初日ということもあってかなり橋は混みあっており、風のなすがままに走っていると事故を起こしかねない状況だったのだ。というわけで、あまり景色を楽しめなかったのは残念だった。

橋を渡りきってすぐ、サービスエリアがあったのでとりあえず入る。せめてサービスエリアから大橋を楽しもうという魂胆。お昼もまだだったしね。しかし今日は連休初日。サービスエリアの建物は人でごった返していた。レストランの前にも長い列ができている。連れがいるならともかく、一人であの列に並ぶ気はしない。たまたま外の屋台で押し寿司を売っていたので、それをお昼にすることにした。大橋を眺めながらつまむとしますか。

サービスエリアには大橋を眺めながらお弁当を食べるためのベンチも完備しており、場所の確保には苦労しなかった。強い風に荷物を飛ばされないように気を付けながら、押し寿司をほおばる。雲が低くたれ込めていて、大橋の姿はいまいち冴えなかった。それでも一応OMのシャッターはきっておく。せっかく来たのだからね。

お昼を済ました私は、サービスエリア併設の出口から高速を降りた。今日は淡路島のどこかで宿を取らねば。国道を南下して、途中の温泉街で宿を探すとするか。

しかし、どうやら私は道を間違えたらしい。高速の出口を降りてすぐの交差点を左折しないといけなかったのだ。私は直進してしまった。どうしよう。Uターンしようかと考え始めた私の視界に、北淡町の断層の保存館の案内板が飛び込んできた。そういえば先輩Aにも見てきたらと勧められたっけ。せっかくだから行ってみようっと。

そのまま進んでいくと、だんだん霧が濃くなって、ほとんど視界がなくなってしまった。しかも道はとても細くてうねっている。対向車が飛び出してきたらアウトだな。事故防止のためか、警備員が所々に立っている。ほんとにこっちでいいのだろうか。ガソリンの残量も心許ない。だんだん不安になってくる。

30分以上は走っただろうか。ようやく保存館にたどり着くことができた。結局後で地図を確認してわかったことだが、断層の保存館に行くのなら、海沿いの道を走ればすぐだったのだ。

駐車場にバイクを停める。しかしすごい強風である。停めたバイクがひっくり返りそうだ。人間の方も耐えられないので、とりあえず建物の中に入る。

どうやらこの保存館は、現場にすっぽり覆いをかぶせた格好のようだ。しかもその覆いはガラス張りなので、入館しなくても外から覗けるのだ。まぁ係員の説明が聞けたから、別に入館料が惜しいとは思わなかったけど。写真撮影禁止とは書いてなかったので、遠慮なく撮影する。ほんの50mほどしかないので、ちょっと物足りない。出口から外へ出ると、別館が来年できるらしく、建設予定の立て札が立っている。見学に来るなら、別館ができてからの方がよさそうだ。

とりあえず見終わったので、おみやげやレストランのある別棟を覗く。おみやげとして、野島断層のマーブルケーキなるものが積んである。周りの観光客やカップルは口々に、「悪趣味」だの「不謹慎」だの言って買おうとしなかったが、私はその潔いまでの安直さが気に入ってしまい、この旅のおみやげをこれに決定してしまう。3箱購入。

おみやげともども荷物を積み直し、さて出発。きょろきょろと民宿を探しながら淡路島の西側を南下する。しかしあまりにぎやかなところがない。1時間ほど走って、何となく温泉街らしきところに着いたので、脇道にそれて飛び込み営業を始める。1軒目…一杯です。2軒目…うちは今民宿やってません。…だったら看板しまっといてよ。そこで教えてもらった3軒目…ダメかな、と思っていたら、夕飯は出せないけど、それでもよければ、との返事。こちらとしては、雨がしのげて風呂に入れれば文句はない。あっさり見つかったのがうれしくて、小躍りしながらバイクを敷地に入れさせてもらう。まだ雨は降っていない。部屋に入ってほっと一息。これで今晩の雨はしのげるぞ。早速何日かぶりのTVをつけてみる。おいおい、何か発信音がするぞ…高圧部のコンデンサがパンクしかかってるな、こりゃ。まぁでもちゃんと画像は映っているし、ぜいたくは敵だ。

夕飯はなしとのことなので、買い出しを兼ねてお出かけ。先ほど飛び込んだ2軒目が食堂だけやっていたので、宿も教えてもらったことだし、と入ってみる。焼き肉定食を注文したが、どうも肉が固い。ご飯も保温器で半日は熟成したって感じ。ちょっと失敗だったかも。宿に戻って、部屋でぼーっとTVを見ていると、8時過ぎになって雨が降ってきた。よかった、テント張っていたら悲惨だったな。お風呂が空いたようなので、さっさと入って寝ることにした。


3May1998(第5日)

朝起きたらまだ雨が降っていた。しかし昨日の夜ほど激しくはない。天気予報によればこれから天気は快方に向かうようだ。よかったよかった。予め宿の人にお願いしていた朝御飯をかき込み、出発の支度をする。

出発するときには、雨はほとんど止んでいた。しかしこれから先は長いので、早めに高速のインターを目指す。どちらにせよ、鳴門大橋を渡るには高速に乗らなくてはならないし。

高速に乗ると、鳴門大橋はすぐそこだ。鳴門大橋は昨日の明石海峡大橋ほど風が強くなかったので、まずまず快適に渡ることが出来た。明石海峡大橋では道をたどるのに集中してしまい、景色を楽しむ余裕がなかったのだ。そのせいか、今でも鳴門大橋に比べて、明石海峡大橋の印象が薄い。せっかく世界最長の吊り橋を渡ったというのに。なんともったいない。

鳴門大橋を渡り終えると、徳島へ続く道はすぐ一般の国道になった。そうか、徳島自動車道とは直接つながっていないんだな。つながっているものと勘違いをしていたぜ。さて、一般道を通るとなると、地図が必要だな。そう思っていたら、ちょうど国道沿いに書店を見かけた。ちょうど開店直後のようだ。早速入って、ツーリングマップの四国版を購入。なぜか柏でも神戸でも入手できなかったのだよね。これで一安心。キャンプ場も載っているし。この安心感が後に裏切られることになるなんて、このときの私は知る由もなかった(笑)。

先を急ごうと、徳島自動車道を選択し、一気に全線を走り抜ける。といっても100km位だけれどね。最終出口を出ると、その後は一般道だ。だんだんと道が混み始める。私は、一般道、すなわち32号線経由で土佐に抜けるのは厳しいと判断し、また高速を利用することにした。高速なら混んでいてもすり抜けが比較的安全に出来る…そう思ったのが甘かった。土佐自動車道は四国の中央を南北に貫く。よってそのほとんどの区間がトンネルだったりするのだな。しかも対面通行。連休初日とあって、車はほとんど前に進まないほどの超渋滞。全然すり抜け出来ないよぉ。疲れてしまった私は、お昼もまだだったことに気づき、とりあえず目に入ったパーキングエリアで何か食べることにした。

駐車場にバイクを停めると、出店の幟が目に入った。あ、嶺北牛のバーベキューだって。400円。おいしそう。とりあえず1つ食べてみよ。おお、めちゃくちゃうまいやんけ。もう一本…いやいや待て待て、いくら何でもバーベキューばかりではあんまりだ。定食ものを何か食べよう。パーキングエリアの食堂コーナーの自動券売機に千円札を投入。おや、焼き肉定食…さっきのバーベキューと同じ肉がご飯の上にごろごろのっている…これにしよ(笑)。図らずも高速道路上で、嶺北牛を目一杯堪能してしまったのだった。でもおいしかった。

おなかを満足させた私は、再び渋滞中のの高速に戻った。

南国ICを過ぎると、ようやく渋滞がなくなった。土佐自動車道を終点出口まで走り、高知市をバイパスする。とにかく走れるだけ走って、四万十川を目指すのだ(無理だって…もう4時を過ぎているのに)。

四万十川の河口は中村市にある。しかし中村市まではまだ100km以上。意気込んでは見たものの、実際のところ、どう考えてもたどり着けるわけがないのだった。明日は徳島市に戻らなければいけないことも考えに入れておかねばならないし…いくら今日がんばって距離を伸ばすことが出来たとしても、5日の朝10時に徳島のフェリー発着場にいなければならないので、4日中に徳島市に戻れる範囲内でなければならないのだ。土佐発のフェリーならもっと余裕が持てたのだけれど。

しかし、私には裏技が残されていた。

確かに四万十川下りをして、かの有名な沈下橋を写真に収める時間的余裕は全然ない。ところが、四万十川をずぅっと上流に向けてたどっていくと、くねくねと蛇行したその流れの源は、ずっと土佐よりの所にあるのだ。これだ。四万十川源流点。しかも、そのすぐ手前にはキャンプ場の印もある。今夜はそこでテントを張り、明日の朝四万十川源流点に立ち寄ってから徳島に向けて引き返せばよい。ここからなら6時頃にはそのキャンプ場に着けるぞ。時間に余裕が出来れば、キャンプらしい夕飯も作れるし。よし、決定。

米は同期Aとのキャンプの余りがある。後はおかずを買い揃えなくては。昨日はいまいちの夕飯だったからなー。うきうきしながら途中のスーパーに立ち寄る。メインのおかずは何にしようか。3日前は二人でがんがんカルビを食べたから、今日は魚だな。

おお、おいしそうなサーモンがある。うまく焼けるかな。まぁ大丈夫でしょう、と買い物かごへ。野菜は…またえのき。同期Aにはワンパターンだとさんざんなことを言っておきながら、結構気に入ってしまった(笑)。それから、他の食材を探してぶらぶら店内を回る。おや、太巻き寿司が安いな。明日は早めに出発した方が良さそうだし、朝食に手間をかけてはいかんな。これと、あと日本全国どこにでもあるピーナッツパンにカレーパン。コーヒーもまだ1杯分あるけど追加で購入して、明日の朝御飯はばっちりだ。缶詰もまだ残っているし、これで十分。

まだ5時15分。余裕だ。道もそれほど混んでいない。私は順調に今日の最終目的地へと向かった。

あ、あれだ。目印の中学校を発見した私は、キャンプ場のマークのある辺りをうろうろと探し始めた。しかしキャンプ場らしきものが見あたらない。おっかしいな。いくら探してもわからないので、道沿いの食堂のおばちゃんに聞いてみる。すると、その食堂の裏の河原でキャンプしている人はたまにいるけど、そういうキャンプ場は知らないとのこと。うーん、またまたあてにしていたキャンプ場に見放されたか。しかもこの周辺には他のキャンプ場はなさそうだぞ。おばちゃんの言っているここの下の河原、大きな石ばかりで、オートキャンプならいいだろうけど、私のテントを張るのはつらそう。しかもほんの少し川が増水しただけで水没すること請け合いだな。

そのうち私が思い描いているのと同じキャンプ場を探しているライダーがやってきた。私は一応河原に降りて、キャンプの可否を検分してみた。夏場のプール用みたいだが、一応自由に使える水道はある。トイレもある。何とかいけるか?しかしおばちゃんに、バイクはいたずらされるよ、と脅される。うーん、人気もないし、ここでキャンプするのは結構怖いかも。先ほどのライダー氏は、もっとずっと先の方から来たらしく、40分ほど走れば7割方埋まっているキャンプ場がありましたよ、だって。迷っている時間はない。そちらのキャンプ場にしましょう。

ライダー氏の言葉通り、40分ほど走るとそのキャンプ場に着いた。ライダー氏は、キャンプを張れるところまでバイクが入れるかどうかわからなかったので、とりあえず素通りしたのだそうだ。もちろん今更(もう7時を過ぎている)素通りできないので、バイクの通れる道を探す。もっとも、探すと言うほどのこともなく道はわかり、無事にバイクを停めてテントを張ることが出来たのだけれどもね。

ライダー氏はガスランタンを持ってきていないあほな私のために自分のランタンを私の方に寄せてくれてから、早速ご飯を炊き始めた。さて、私はどうしようか。ご飯は太巻き寿司があるし、早く夕飯にしたいよなぁ。よし、ご飯を炊くのは明日にしよう。今日はおかずだけ作ろう。それなら水場にえのきを洗いに行くだけですむぞ。

お湯を沸かしてみそ汁の素(生タイプ)を投入。

サーモンはフライパンのふたをして蒸し焼きに。

えのきも炒めてはい出来上がり。

ライダー氏はご飯は炊いたけれども、おかずはどこかで買った冷めた焼き鳥だけのようだったので、私の温かいサーモンを半分、ライダー氏の焼き鳥1本と交換することにした。おかげでこちらもよりリッチな夕餉になった。キャンプ場も教えてもらったし、本当にどうもありがとうございました、ライダー氏殿。

ライダー氏の愛車はカワサキのデュアルパーパス(KLEだったと思う…)だ。今週末(つまり10May1998)まで休みだそうで、これからゆっくり四万十川を下るんだって。いいなぁ。沈下橋を写真に撮るのが楽しみだと話してくれたので、カメラは何?と聞いたら、なんとオリンパスのL-1。こんなところでオリンパスファンに出会うとは思いませんでしたよ。しばしオリンパスな話題で盛り上がる。弟さんが写真を趣味にしているそうで、その影響だそうだ。でも弟さんはニコン党なんだって(笑)。

オリンパスファンの根強さを再確認した私は、何となくよい気分で床についた。


4May1998(第6日)

夜明けとともに起床。んーいい天気。

モーニングコーヒーをいれて、パンをかじる。

今日はツーリングの実質的な最終日だ。テント生活にもすっかり慣れたなぁ、などと思いながら寝袋を乾かす。

ライダー氏に今日の予定を聞くと、とりあえず四万十川源流点に向かうということだったので、そこまで同行することにした。もっとも、彼のバイクなら源流点まで行けるだろうが、私の荷物満載の Fire Storm では無理だろうな。てきぱきとテントをたたみ、いざ出発。ちょっと道に迷ったが、源流点はこちら、の看板を見つけてほっとする。十数台のオフローダーが、その近くのコンピニの駐車場に集まっていた。どうやら彼らは既に源流点から帰ってきたらしい。我々も看板に従って、細い道を源流点に向かう。

しばらく走ると、舗装路が終わってしまった。ここからはダートである。私はバイクをおいて歩くことにし、ライダー氏とはここで別れることにした。ライダー氏はそのままバイクで行けるからね。私はカメラを担いで、山道を歩き出した。

山道は途中で二手に分かれていた。左に行くと源流点、右に行くと峠を越える、と立て看板に書いてあり、その脇には湧き水が流れていた。もちろん私は左を選んだ。てくてくてくてく。自転車やバイクや車とすれ違いながら、私は歩いた。しかし何も距離の目安になる印がないので、不安になってきた私は自転車の人を呼び止めて聞いてみた。あとどれくらいですか?そしたらなんと、あと3~4kmはあるっていうじゃないですか。ぎょえ~。無理してでもバイクで来ればよかった。時間に余裕があれば歩いてでも行けなくはないけれど、いかんせん今日はこのあと四国を半周しなければならないのだ。残念だけれど、今度来るときは目的を四万十川にしぼって余裕のある計画を立てることにしよう。私はすごすごと今来た道を引き返した。もちろん、途中の分かれ道のところで湧き水を汲むことは忘れなかった。一応、四万十川源流点付近の水、だもんね。

バイクを置いたところに戻り、気を取り直して、再びバイクにまたがる。さぁ、走るぞ。

高知までは昨日走った道をそのまま逆戻り。高知市内の手前で海岸沿いの道に入る。天気も良く、太平洋が遠くまで見渡せる。坂本龍馬はこの海を見ながらどえらいことを考えていたのだなぁ。月並みではあるが、そう考えると、普段のいじけた自分がばからしくなってくる。

桂浜の近くが少し詰まっていただけで、他の区間は極めて快適だった。問題なのは時間だ。桂浜の辺りで既にお昼だったのだ。これから室戸岬をまわって徳島まで行かねばならない。近道もない。急がなければと思いつつ、おなかすいたな~と、うまい鰹のたたきを食わせてもらえそうな店を探す。

道の途中で、そういえばアイスクリンを食べていない、ということに気がついて、1個所望する。200円。少し高いが、そのぶん中までしっかりアイスが詰まっていた。海を見ながらかじる。やっぱ高知に来たらこれ食べないとねー。あと鰹のたたきを食べれば、高知については完璧なのだ(笑)。

アイスクリンを食べて少し気分の良くなった私は、引き続き鰹のたたきがおいしそうな店を探すことにしたが、良さそうな店が見つからないままずるずると進み、結局室戸岬のすぐ手前の、道の駅のレストランで食べることにした。しかし、しかしですよ、道の駅だからなと余り期待しなかったのに、出てきた鰹のたたきが何ともうまいっっっっ。東京で食べているのとは全然違う。定食で1400円もしたが(爆)、私は大満足なのだった。

レストランを出ると、室戸岬まではほんのわずか。

岬に着くと、まずは展望台に。何とかと煙は高いところに、って言うしね(笑)。とりあえず全景を24mmで押さえ、それから下に降りていく。岩場を何カットか撮って、少しお散歩。これで今回のツーリングでの観光はおしまいである。ちょっとだけ観光気分を味わって、私は停めたバイクの所に戻った。もう4時だ。時間的にはこの辺でテントを張りたいところだが、そんなことをしたら明日のフェリーには間に合わない。たとえ何時になろうとも、フェリー乗り場付近までは移動せざるを得ないのだ。私は再び走り出した。

6時頃に、途中で入ろうと思っていた温泉の前まで来た。昨日は風呂に入れなかったので、今日はじっくり入るぞ。どうせもう徳島に着く頃には真っ暗だから、のんびり行きましょう。入浴料は、と…500円か。ツーリングマップには400円と書いてあるのだが。どうも情報が古いな、これ。

硫黄のにおいのする温泉にどっぷりと浸かる。ぷはー。やっぱツーリングに温泉は欠かせないねー。のんびりと髪なんか乾かしたりして、外に出るともう真っ暗。夕飯どうしよう。時間がないので、結局そのあと途中のコンビニで弁当を買って、そのままそのコンビニの駐車場で食してしまった。

地図によればこの辺りを右折して海岸に向かえばよい、というところまで来た。もう9時である。テントを張って寝るだけだな、と思いながら、コンビニの脇の細い路地を抜けてしばらく走り、海岸に出た。もちろん真っ暗闇である。じっと目を凝らしてみる。しかしテントらしきものが見あたらない。はて、この辺のはずなのだが…。小さな公園のようなところで地元の高校生が花火で騒いでいるだけ。キャンプの設備も見あたらない。がっびーん。またまたツーリングマップの情報が古かったのだろうか。どうしよう。もっと徳島市内の方に向かって、どこかの公園のベンチで寝るか?さすがに公園にテント張ったら怒られるよなぁ。

しばし呆然と海を眺めていると、花火で騒いでいた高校生達が私の周りに集まってきた。普段都会の高校生ばかり見ているものだから、一瞬襲われるのかと思ったら、「どうしたんですかぁ?」。なんと彼らはキャンプ場がわからずおろおろしている(表情は見えなかったと思うけど)私を見て、声をかけてくれたのだった。私はこの辺りにキャンプ場があるはずだが、と聞いた。彼らは、私の季節はずれの質問に少しとまどった様子だったが、すぐに思い当たってくれた。しかも、ここからだと道がわかりにくいからと、彼らのうちの一人がわざわざスクーターで案内までしてくれるという。私はありがたくその申し出を受けることにした。なんて親切な子達なんだろう。私は新鮮な驚きと感動を覚えながらスクーターの後ろに従った。

とりあえず目的地には着いた。さっさとテントを張って寝ることにしよう。でもその前に水場を探さなくては。既にキャンプしている人に聞いてみると、トイレは一応汲み取り式があるらしいが、水は夏場しか出ないのだそうだ。そのかわり場所代は只なんだって。みんなはポリタンクで水を持参しているらしい。水がないのはつらいなぁ。モーニングコーヒーが飲めないではないか。私はいったん先ほどのコンビニまで戻って、ミネラルウォーターを買ってくることにした。


5May1998(第7日)

朝寝坊することなく目が覚めた。これからは普段もテントで寝ようかしら(笑)。

空は曇り。とりあえずコーヒーをいれてから、テントを乾かす。さすがに時間がないので、朝食は作らない。用を足そうとトイレに行くと、洗面所の水はちゃんと出た。あれ?

テントをたたんで出発。コンビニで朝食を買い、駐車場で食べていると雨が降ってきた。わぁ、ぎりぎりセーフ。テントを雨で濡らしていたらなかなか面倒なことになっていたぞ。よかったよかった。

朝食を食べ終えると、私は雨具を着込んで、ツーリングの最終地点へと向かった。

フェリー発着場には9時に着いた。11時発の便で、10時までに受け付けに来るようにと言われていたので余裕である。バイクも10台くらいしかいない。窓口はまだ開いていないが、「本日は予約でいっぱいです」の掛け札が立てかけてあった。やっぱり今日の便でも混んでるんだな。予約なしで来たライダー達もいて、乗れないことを知るとがっかりして帰っていった。

10時になると、窓口が開いて、受付が始まった。車検証がいるのかなと持参したが、特に提示を求められることもなく切符が買えた。二等船室。いわゆる大部屋で雑魚寝である。程なくして乗船許可のアナウンスが流れた。

いつの間にか、フェリーを待つバイクは相当な数になっていた。100台くらいあるんじゃないか。それらが順にフェリーの車両甲板に乗り込んでいった。車両甲板は出航後は立入禁止だそうである。荷物は置いておけばよいやと考えていた私は、特に荷物の整理をしていなかったので、全部船室に持っていく羽目になってしまった。お、重い。

船室に行くと、病院の診察台などでも見かけるあの黒い長方形の枕が、毛布とともに「隙間なく」並べられていた。今日は混雑しているので、場所も指定させていただきますだって。おいおい。これじゃ隣の人とぴったりくっついちゃうじゃないの。雑魚寝といえども、もう少し空間に余裕があるのかと思っていたのに。

フェリーは予定通り11時に徳島を出航した。そして、程なくして私はある一つの事実をすっかり忘れていたことに気づかされた。

私は乗り物に酔うのだ。

昼食は、それでも何とか食べることが出来た。しかし、酔いはどんどんひどくなる。一応酔い止めになるかと頭痛薬を飲んでみたが、余りよくならない。天候のせいで、船は順調に揺れ続ける。夕食の時間になったが、まだ治らない。食べとかないと夜中にお腹が空くからと、吐き気を我慢して食べ始めたが、半分食べるのがやっとだった。昼はカレーにしたからまだよかったが、夕飯はエビフライ定食にしたので、それも気持ちの悪さを増幅してしまった。結局、酔いがおさまったのは夜中の2時過ぎ。太平洋を眺めて物思いに耽ろうと思っていたのに、もう真っ暗で、全然見えやしない。仕方がないので、とりあえず船内の探検をすることにした。

通路には、二等船室が狭いからと、昨日からそこで宴会をしていたライダー達のグループがそのまま寝転がっていた。私はライダー達をよけながら、船室の外に出た。雨はもうあがっていて、暖かい風だけが、私に吹き付けてくる。自動販売機で買ったアイスバーをかじりながら、私はぶらぶらと甲板を散歩してみた。甲板にはベンチなんかも置いてあったりして、恋人達が座っていれば絵になるんでしょうな、きっと。私には縁のない話だが(笑&涙)。風が強いので、いい加減に切り上げて船内に戻る。東京まではあとわずか。私は顔を洗ったりしながら、残りの時間を過ごした。


6May1998(第8日)

フェリーは定刻の朝5時に東京に着いた。

昨日は結局ほとんどの時間を横になって過ごしたので、今日はさすがに気分爽快である。まだ早朝と呼べる時間だけあって、都内の道もまだまだ空いているので、あっという間に都内を抜けて自宅に着いてしまった。


これでこの旅の報告も終わりである。

結局旅の途中では一度も自分でご飯を炊かなかったので、余ったお米は家の鍋とガスコンロで炊いた。お焦げもできて、それなりにおいしかった。次のキャンプではきっとおいしく炊けるだろう。


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