第26回(20年3月)

The view from Mt. Haigamine

呉は軍都

中央のコマの艦影、一番下は空母天城、下から2番目は戦艦伊勢だろうか

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p116)

呉が軍港で、戦争の担い手であったことを描き忘れてはいない。

左下のコマで、径子とすれ違うのは、円太郎と同じく夜勤明けの工廠勤務の人か?

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p116)

山の上には大砲。呉が軍都で防備を固めていることを描き忘れてはいない。

晴美は左利き

上段のコマで、晴美は左手で草を摘んでいる

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p117)

晴美は(径子と同じく)左利き。径子が左利きなのは、「第9回(19年5月)」海軍記念日の回や「第40回(20年9月)」枕崎台風の回で描かれている。

上段中央のコマで、晴美の左手がすずの腰を掴んでいる

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p121)

左利きなので。そして20年6月22日のあの時も、晴美は左手ですずの右手を握っていた。

さすが母娘?

下段左のコマで、サンが「くどくどくど」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p122)

晴美と径子が左利きで似ているように、径子とサンは「くどくどくど」が似ているのだった。サンがすずの頭を、すずが晴美の頭を、それぞれ撫でている。

「そりゃ 夜勤明け じゃし / この陽気 じゃし」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p122)

p122)欄外によれば初空襲は「午前7:20〜11:05」である。円太郎の夜勤が例えば23:00〜7:00だとすれば、前日の遅くとも22時頃には起床して出勤している筈。初空襲終了は翌朝11時を過ぎているのだから起床後13時間は少なくとも経過している。

  • 加えて
    • 円太郎は昭和20年には満56歳になる(「第30回(20年5月)」参照)。当時は55歳定年が広まっていた筈だから、65歳定年の現代風に置き換えれば66歳みたいなもの。
    • そしてこの頃は配給もますます厳しく、食事の量も十分でない上
    • 夜勤明けで疲れ切っている(p117)では欠伸が止まらないようだ)

のだから「地べたで 空襲中に 熟睡って あんた…」とサンは「くどくどくど」だけれども、熟睡してしまうのも無理はない…というか、体力も食事も不足している中、睡眠まで確保できなければ死んでしまう。そんな深刻な状況なのである(※円太郎がとぼけた性格だからうっかり熟睡した、などということでは決してないのだ)。

一方父と息子は似ていない…

へ入れ / 伏せえ!!」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p121)

突然かつ初めての米軍機来襲でどうしたら良いかわからず立ち尽くしているすずと晴美に、的確な指示を出す円太郎。この指示のおですず達は救われ、怪我をせずに済んだ。

  • 他方周作は「第36回(20年7月)」で、F6Fの機銃掃射からすずを救う事は出来なかった…
    • (救ったのでは? とお思いの貴方は「第36回(20年7月)」の「そっちへ ずうっと 逃げ! / 山を越えたら 広島じゃ」をお読み下さい)

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  • 更新履歴
    • 2022/03/11 – v1.0
    • 2023/03/13 – v1.0.1(関係する投稿へのリンクと、「次へ進む」のリンクを追加)
    • 2023/07/21 – v1.1(「そりゃ 夜勤明け じゃし / この陽気 じゃし」を追記)
    • 2024/03/19 – v1.2(「一方父と息子は似ていない…」を追記)
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