特攻基地

扉の地図に、音戸の特攻基地が示されている

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p63)

この地図で斜線で示されているのは呉の海軍施設、江田島の海軍兵学校、そして音戸の特攻基地。前者2つは作中で言及がある。実は音戸の特攻基地も、読者が(物語の展開上)その位置関係を把握する必要がある(※後ほど説明予定)ため、わざわざ斜線で示しているのだ。

サギは幻ではない(勿論グラマンF6Fも)

「大丈夫? お母ちゃん」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p64)

サギは地面に影が描かれているので幻ではない。「身の周りの物」に気を取られた径子とサンの一瞬の隙に、すずはサギを追いかけていってしまった。

おそらく、すずがどういうわけか走って出て行った事に径子とサンはすぐ気づいて、追いかけるよう周作に言いつけたのだろう。

そう、径子とサンはすぐ気づいて周作に言いつけたのだ。なのに周作は共同の井戸の手前ですずを止められなかった。それは…(※後ほど説明予定)

「そっちじゃ」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p65)

左右のコマはすずの幻想イメージで多くのサギが飛ぶ。中央のコマはサギも含め現実。

「そっちへ ずうっと 逃げ! / 山を越えたら 広島じゃ」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p66)

すみに「広島は 空襲も ないし」「早う帰って おいでね!」と言われた広島に向かうサギ。

広島の方向を向いていたすずが右手の山側に振り向くと、グラマンF6Fが。そこに北條家方面(おそらく画面の右方向)から走ってきたのだろう周作が覆い被さるようにすずを側溝に押し倒し、難を逃れた。

撃ち(打ち)砕かれるのは12.7mmに、だけではない

大切な物が入った木口バッグがグラマンF6FのブローニングAN/M2 12.7mmに撃ち砕かれる

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p67)

大切な物。鉛筆、テルの紅、周作を描いたノート、そして、水原哲の羽根ペン。

p68)右下のコマで、6門見えるので、ブローニングAN/M2 12.7mm機関銃×6 1門あたり弾丸400発

「じゃあ 何でじゃ」「ほれ そう やって ふたりで全て解決出来る と思っているからです」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p69)

「手の事を 気にしとんか」「空襲が 怖いんか」「…………………晴美のことか」そう問いかける周作は、すずとの関係性で解決できる問題だと捉えている、ということだろう。しかしそういう周作が(家父長制の下)家事を手伝うわけでも、空襲を止めるわけでも、晴美を亡くして悲しむ径子をいたわるわけでもない(つまり口先だけだということ)。

加えて、第35回(20年7月)で触れた通り、「歪んどる」背景の原因を構成しているのはすずと周作とリンの三人である。「ふたりで」はなく。そしてリンは「もう会えん」人。三人で解決を目指す道は断たれた。こんな状況であるにもかかわらず、周作の認識は「この一年(中略)嬉しかったで」という程度。こんな(ある意味精神的DVを振るわれていると言っても良い)男相手にすずが取りうる方策として「広島へ 帰り」「戻って来ん」以外に何があるというのだろうか。本当はそんなこと(すずは)したくないのに。

「うち 広島へ 帰ります」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p68)

サギ(幻ではない)が北條家の庭に舞い降りたのは偶々だろうが、上記のように思い悩んでいたすずは、(広島を思い出させる)飛び去るサギを追いかけるという行動に出てしまった。そして「うち 広島へ 帰ります」。そうはっきり行動と言葉にしても、周作の不十分すぎる認識は(上記の通り)全く改まらないのだった。

なんと冴えん

「……動くな」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p68)

機銃掃射から身を守るための「動くな」と、「…うち 広島へ 帰ります」と言うすずに呉から「動くな」の二重の意味。

すずの左手が周作の胸元を掴んでいる。

中段のコマ、下段左のコマですずの左手が周作の胸元を掴んでいる

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p69)

p70)上段右のコマでは周作の右手にすずの左手が重ねられている。

「いっこも 聞こえん」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p70)

p69)ですずの本音の声を周作は「聞こえん わい」と言って聞いてくれなかった(勿論、声になっていないので聞こえるはずはないのだが…)ので、すずも周作の説得を聞いてやらない、という事(本心では説得されたいのに)。

「この期に及んで この人を離せんとは」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p70)

下段右のコマで、すずの「冴えん左手」が周作の腰を力強く握りしめている。つまりp67)で周作が現れてからずっと、すずは周作から左手を離していない。「この期に及んで」には、「今となっては遅すぎる」という意味合いが含まれる。右手をなくす前は周作とリンの関係に悩み、ついさっき「広島へ帰ります」と言ってしまった後なのに、周作を離せないのは、すずの本心としては周作と離れたいわけでも広島へ帰りたいわけでもないから。

あるいはストックホルム症候群的な何かかもしれないが。

「こんなけが人ひとり 撃ち殺せんとは」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p70)

「この期に及んで この人を離せんとは」が「この人を離したくない」というすずの本心なので、同様に「こんなけが人ひとり 撃ち殺せんとは」は「撃ち殺して欲しくない」というすずの本心。すずは決して(機銃掃射にわざと身をさらして)自殺しようと思ったのではない。


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  • 更新履歴
    • 2022/03/29 – v1.0
    • 2022/07/01 – v1.1(「撃ち(打ち)砕かれるのは12.7mmに、だけではない」と「ストックホルム症候群的な何か」を追記)
    • 2022/08/14 – v1.2(「うち 広島へ 帰ります」を追記し、すずがサギを追いかけた理由がわかるように前項に加筆)

1 thought on “第36回(20年7月)

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