隣組

「『隣組』昭和十五年」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p81)

何故唐突に当時の流行歌がここに登場するのか。

それは、同時代に歌謡曲の作詞家として活躍したある人物が、このページの冒頭にも描かれている、すずの名札に書いてある諸々の由来だから(そしてそれに留まらない深い関係があるのだ…詳細は「第25回(20年2月)」に続く…)。

「詞/岡本一平」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p81)

岡本太郎の父である岡本一平が歌詞を書いた「隣組」は、作/編曲の飯田信夫によるメロディも大変親しまれヒットしたが、実は岡本一平は、「第20回(19年11月)」で触れるある漫画家も、昭和のマンガ史でまず語らなければならない一人に挙げている、大正から昭和戦前に活躍した漫画家である。

この回が「隣組」という流行歌にのせて展開されているのは、上記リンク先(第25回/第20回)の投稿で触れている、この物語「この世界の片隅に」の構造を決定づける大きな2つの要素を、さりげなく指し示す為でもあったのだ。

知多と刈谷

「知らせられたり 知らせたり」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p82)

「知」らせられ「た = 多」「メリ = 刈」 知らせ「たり = 谷」。二人の名前の由来と思われる。知多と刈谷の似顔絵の間の交差した刀をメと読むのがポイント。

上段のコマで知多の転落を目撃した刈谷は、中段ですぐさま引っ張り上げている

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p86)

先ほどまで激しくけんかしていたはずだが。

(第3回の)出征の予感(を受けたオチ)

「まとめたり」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p88)

周作の丸刈りを見て隣組の一同が驚くのは、出征かと勘違いしたから。「明るうて ええですね」というすずのとぼけた言葉は、その驚きをごまかしているもの。


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  • 更新履歴
    • 2022/02/23 – v1.0
    • 2022/05/23 – v1.1(「『隣組』昭和十五年」を追記)
    • 2022/12/02 – v1.2(「詞/岡本一平」を追記)

2 thoughts on “第4回(19年2月)

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