疑問符で「疑問を持てよ」と読者を促す

中段のコマの発芽した小松菜

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p132)

発芽した疑問(符)

「あんたー」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p133)

すずは(読者も)「キンヤ」の事をまだ知らないので、大和を見て黒村家に戻る径子を見れば、彼女の夫は大和の乗員なのかと想像するのも無理はない。他方で、そもそも夫婦喧嘩かなにかで実家の北條家に戻ってきていたかのようにも(この時点で読者に与えられた情報では)見えていたはずなので、大和の乗員なら別に実家に戻らなくても顔を見ずにすむはずだから、読者には径子の行動はますます不可解なものになる。

下段左下のコマの成長した小松菜

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p136)

成長した疑問(符)。大和の乗員なら夫婦喧嘩するほど一緒にもいられないだろうし、ましてや(夫が)帰るべき家が建物疎開で、遠く下関に引っ越すのに「ええ機会じゃけ」と離縁。読者には径子の行動は支離滅裂にしか見えないはず。

「こまつな」の秘密

「配給所で貰うた」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p129)

「貰うた」というからには配給ではない(配給はタダではない)。誰かがくれたのだ。それは誰なのか。

「六歳の子と 張り合うて」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p131)

とすずのことを言っているつもりが、自分も黒村家と張り合うている事に気づく。

なお、この時点で6歳ということは晴美は4月生まれ。

「こまつな」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p132)

「こまつな」=「子待つな」

径子は久夫が尋ねてくるのを待っていた(当時の常識では、長男を嫁が連れ戻ることは出来ないので、長男が自ら黒村家を出た、という形を期待したのだろうか…)。しかし黒村の両親がそうさせないのか、久夫が祖父母の気持ちも慮ってなのか、久夫は来ない。

もしここで待ち続ければ、建物疎開に立ち会えず背比べの柱も無くし、下関へ疎開されて連絡もできなくなったかもしれない。「こまつな」の種は、そうならないための作者からのメッセージだったのだろう。

(象徴としての)大和

「お母さん 大和が 居ってじゃ」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p131)

下巻p39)で晴美の(すずの想像内での)最後の台詞になる台詞。すずにとって大和は径子を(あるいはその逆で)連想させるもの。前々回の楠公飯での連想に加え、下巻p39)でもこの台詞に続いて径子が。

また、晴美にとっては軍艦好きの兄久夫を思い出す象徴であり、径子にとっては、軍艦好きの久夫が、じっと動かない大和のように、黒村家から動くことはないのだと改めて悟る(で、諦めて帰ることにした)場面でもある。

下段の左右のコマのそれぞれはいずれも、すずが着ている服が異なる

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p132)

それまでのコマとも異なっており、一定期間が経過してから小松菜の種を蒔いたことを示している。畑の準備に2週間、種蒔き後3〜4日で発芽することとも符合する。同じ場所を描いているので、背景は同じ。

径子が不在の期間は大和が不在の期間(大和は4月22日に呉を出撃し、6月20日に初めて主砲を発射(対空砲弾)した後、6月24日に戻っている)とほぼ重なる。


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    • 2022/02/28 – v1.0

1 thought on “第10回(19年6月)

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