第11回(19年7月)

The view from Mt. Haigamine

柱の役割

「ああ違う それそれ」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p138)

すぐ下の「ぐゑ〜」のコマでは柱にいくつもの刻みが描かれており、周作が意識的に、黒村家の背比べが刻まれた柱を選んだ事が判る。

「ぐゑ〜」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p138)

天秤棒では隣組の3人をなぎ倒したが、周作にはさらに大きくて重い柱での一撃。

  • これを(大切な思い出の柱だと注目していた)径子が(それまでも話には聞いていた筈のすずの攻撃力だが、実際に)目撃したため
  • 第18回(19年10月)」で晴美に、竹槍を作るすずに近寄らないよう指示した。

その結果

  • すずは晴美に気をとられることなく考えを巡らせることが出来たので

周作とリンの関係に気づくことができた。

家父長制下の男性達の位置づけと周作、円太郎の性格描写

右下のコマで防空壕を掘り終えた皆の食事

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p138)

仮設テーブルの周りは男性達とお手伝いにきた隣組の女性達。北條家の女性達はその外側。

刈谷の吹き出しで隠されているのが刈谷の息子。このコマで唯一顔が隠されている。但し「第29回(20年4月)」下巻p6)では凜々しい横顔が描かれている。

「ありゃ周作 変につついて 壊さんのよ!

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p139)

サンが懸念したとおり、「第40回(20年9月)」の枕崎台風の時には「変につついて」さらに穴を開けてしまう周作。p142)でも描かれている周作のガサツさ。

「…… 軍艦お好き なんですね」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p142)

第7回(19年4月)」で大和他を教えて貰っていたことに加え、さらに晴美にまで教え込んでいた(と思った)ので、周作は相当好きなのだとすずは誤解した。

「やります やります」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p142)

すずが周作の顔を拭いた時の周作の反応は穏やかなのに、すずが周作に拭かれた時の反応は、手だけでなく足まで振り上げるもので、周作の拭き方が相当乱暴だったことが見てとれる。

また、すずは手拭いの汚れていない所を選んで周作の顔を拭いているのに、周作は胸元を拭ったそのままですずの顔を拭いており、すずの細やかさと周作のガサツさも描かれている。周作がガサツに描かれているのは、リンにあげる筈だった茶碗を納屋に放置していた事を自然に見せるためだろうか。

「ヨシ! 小降りに なったの」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p144)

実はp142)右上のコマで、防空壕の入口ひさしからの雫が少しに描かれていることから、その時点で既に小降りになっていたと推定できる(つまり本当は小降りになって暫く経過している)。

「……….. ……….. ……..まあ 夫婦なん じゃけえ 仲ええは 結構な ことで」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p144)

黙っていられない円太郎の性格描写は、止まらない科学話の描写にも通じるものがある。

後ろめたさを感じている径子

「うん お船見よった」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p140)

寂しそうな表情の晴美。

そもそもなぜ晴美は皆から離れていたのか?

晴美にとって軍艦は、軍艦好きの久夫との繋がりそのもの。周作が防空壕の入口に立てた背比べの柱を見て久夫を思い出し、軍艦を見たくなったのだろうか。

ただし読者はこのコマ迄は、離縁した径子の夫(晴美の父)と会えなくてさみしいのだと思う筈。

右上のコマで柱に横の筋が

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p142)

p139)で径子が見ていた柱のキズ。

久夫の1年前(18年5月)の背丈と、その1年後(19年5月)の晴美の背丈がほぼ同じ

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p143)

つまり1歳違いと推定できる。読者はようやくヒサオという晴美と1歳違いの兄の存在を知らされる。でもキンヤ(径子の夫で晴美の父)についてはまだなので、最後のオチを正確には理解できない。

「ええ ええ ……… / 夫婦 仲良うて 結構な じゃない / 二組 揃うて」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p144)

第27回(20年3月)」中巻p125)でも兄の久夫が居ないことを「学校行きとうない」理由に挙げる晴美である。久夫と離れ離れになることを望む筈がない。しかし晴美は径子の離縁に付き合う形で黒村家を去った。恐らく文句一つ言わずに。

第37回(20年8月)」下巻p74)で「周りの言いなりに 知らん家へヨメに来て / 言いなりに 働いて」と、すずが言いなりであることを戒める径子である。晴美が文句一つ言わず自分の為に「言いなりに」なってくれている事に後ろめたさを感じていない筈がない。

そして、文句一つ言わない晴美だが、兄の久夫の名前が刻まれた柱を見て辛くなったのだろう。軍艦を見に畑へ行ってしまった。

  • (で、カナトコ雲の大雨で晴美はずぶ濡れになった)

濡れた晴美を拭いてやりながら、径子がその後ろめたさを再確認していたところに、円太郎・サン / 周作・すずの二組の夫婦の溝のなさ(一見しての、だが)を見せつけられ、晴美との間の埋めがたい溝を改めて感じ、思わず口をついて出た台詞が

  • 「ええ ええ ……… / 夫婦 仲良うて 結構な じゃない / 二組 揃うて」

「皆の様に自分もいちゃつきたいのにできない」から拗ねているわけではないのだ。

「ありゃ 『利根』よ / 重巡じゃ」 / 「ジュージュン?」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p140)

「ジュージュン」は、「重巡」と「従順」が掛詞になっている。

  • 「従順」とはつまり「言いなり」のことである。
    • 上で触れた、径子が落ち込む理由を読者に正しく把握して貰う為、それぞれ「言いなり」な二人である、すずと晴美の会話の中に掛詞として紛れ込ませてあるもの。

なので、物語の必要上、ここで利根は(航空巡洋艦ではなく)「重巡」と呼ばれる必要があるのだ。


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  • 更新履歴
    • 2022/03/01 – v1.0
    • 2023/03/13 – v1.0.1(関係する投稿へのリンクと、「次へ進む」のリンクを追加)
    • 2023/05/24 – v1.1(「寂しそうな晴美と、久夫についての描写」を「後ろめたさを感じている径子」に変更し、「ええ ええ ……… / 夫婦 仲良うて 結構な じゃない / 二組 揃うて」を追記)
    • 2023/05/25 – v1.2(「ありゃ 『利根』よ / 重巡じゃ」 / 「ジュージュン?」を追記)
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