柱の役割

「ああ違う それそれ」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p138)

すぐ下の「ぐゑ〜」のコマでは柱にいくつもの刻みが描かれており、周作が意識的に、黒村家の背比べが刻まれた柱を選んだ事が判る。

「ぐゑ〜」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p138)

天秤棒では隣組の3人をなぎ倒したが、周作にはさらに大きくて重い柱での一撃。これを(大切な思い出の柱だと注目していた)径子が(それまでも話には聞いていた筈のすずの攻撃力だが、実際に)目撃したため、第18回で晴美に、竹槍を作るすずに近寄らないよう指示した。その結果すずは晴美に気をとられることなく考えを巡らせることが出来たので、周作とリンの関係に気づくことができた。

家父長制下の男性達の位置づけと周作、円太郎の性格描写

右下のコマで防空壕を掘り終えた皆の食事

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p138)

仮設テーブルの周りは男性達とお手伝いにきた隣組の女性達。北條家の女性達はその外側。

刈谷の吹き出しで隠されているのが刈谷の息子。このコマで唯一顔が隠されている。但し下巻p6)では凜々しい横顔が描かれている。

「ありゃ周作 変につついて 壊さんのよ!

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p139)

サンが懸念したとおり、20年9月の枕崎台風の時には「変につついて」さらに穴を開けてしまう周作。p142)でも描かれている周作のガサツさ。

「やります やります」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p142)

すずが周作の顔を拭いた時の周作の反応は穏やかなのに、すずが周作に拭かれた時の反応は、手だけでなく足まで振り上げるもので、周作の拭き方が相当乱暴だったことが見てとれる。

また、すずは手拭いの汚れていない所を選んで周作の顔を拭いているのに、周作は胸元を拭ったそのままですずの顔を拭いており、すずの細やかさと周作のガサツさも描かれている。周作がガサツに描かれているのは、リンにあげる筈だった茶碗を納屋に放置していた事を自然に見せるためだろうか。

「ヨシ! 小降りに なったの」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p144)

実はp142)右上のコマで、防空壕の入口ひさしからの雫が少しに描かれていることから、その時点で既に小降りになっていたと推定できる(つまり本当は小降りになって暫く経過している)。

「……….. ……….. ……..まあ 夫婦なん じゃけえ 仲ええは 結構な ことで」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p144)

黙っていられない円太郎の性格描写は、止まらない科学話の描写にも通じるものがある。

寂しそうな晴美と、久夫についての描写

「うん お船見よった」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p140)

寂しそうな表情の晴美。

そもそもなぜ晴美は皆から離れていたのか?

晴美にとって軍艦は、軍艦好きの久夫との繋がりそのもの。周作が防空壕の入口に立てた背比べの柱を見て久夫を思い出し、軍艦を見たくなったのだろうか。

ただし読者はこのコマ迄は、離縁した径子の夫(晴美の父)と会えなくてさみしいのだと思う筈。

右上のコマで柱に横の筋が

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p142)

p139)で径子が見ていた柱のキズ。

「…… 軍艦お好き なんですね」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p142)

19年4月の回で大和他を教えて貰っていたことに加え、さらに晴美にまで教え込んでいた(と思った)ので、周作は相当好きなのだとすずは誤解した。

久夫の1年前の背丈と、その1年後の晴美の背丈がほぼ同じ

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p143)

つまり1歳違いと推定できる。読者はようやくヒサオという晴美と1歳違いの兄の存在を知らされる。でもキンヤについてはまだなので、最後のオチを正確には理解できない。


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    • 2022/03/01 – v1.0

1 thought on “第11回(19年7月)

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