第28回(20年4月)

The view from Mt. Haigamine

何故か嫁の役割を免除されているすず

すずが肩から掛けているのはカバンではなく座布団

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p131)

荷物ではないので、身軽に桜の木に登れた。

「お重持たせんで 良かったわーー」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p138)

本来なら嫁のすずが荷物持ちの筈。何故かp131)で径子が持っている。前回「第27回(20年3月)」、すずに晴美の代わりとして荷物持ちをさせた、そのお返しということだろう。

お陰で

  • 荷物がないので、身軽に桜の木に登ってリンと二人きりになれたし
  • 北條家の皆も、荷物(お重)は手元にあるので、すずを慌てて探すことはしなかったから

リンとの交流が持てた。

「第41回 りんどうの秘密(20年10月)」につながるあれこれ

「すずさんは 二河公園は 初めてかね?」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p132)

リンが初めて二河公園に来たのは10年春(1935(昭和10)年3月27日~5月10日)の「呉市主催国防と産業大博覧会」の時。一度だけ食べたあいすくりいむの思い出の場所。

この回は20年4月だから、ちょうど10年前。ただ「第41回 りんどうの秘密(20年10月)」p109)中段右のコマでは枝垂れ柳が描かれているので、恐らく5月の会期末近く。

「木登りも 出来るで」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p133)

草津の森田家の屋根裏に潜む程度の運動能力は保持しているリン。

リンが言う「秘密」は、周作との事ではない

「ああ テルちゃんね」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p134)

すずが知らない名前を敢えて出すリン。勿論すずに名前を知って欲しいから。テルは「tell」にも通じる。何かすずにどうしても告げたい事がリンにはあるということ。それは単にテルが亡くなったということだけではない(それだけならすずには関係のないことなので、告げる必要はない)。

「テルちゃんは 死んだよ あの後肺炎を 起こしてね」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p134)

「うちゃアホの おかげか 風邪ひかん 体質ですけぇ」というすずとは対照的な運命。

「すずさんの 絵見て」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p134)

と言いながらリンも、大切な物を入れている懐中袋を取り出して見ている。その中にあるのは、テルの紅と、恐らくはすずの描いた絵。

周作の帳面の切れ端はもうないかもしれない(身許票は既に縫い付けてあるので、必要なくなったから)。

「秘密は 無かった ことになる」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p135)

と言いながら、すずの唇に「テルの」紅を塗るリン。周作(とリン)との関係の当てつけなら自分の紅を塗れば良さそうなのに何故テルの紅なのか?

それは、テルを結果的に死に追いやった若い水兵を切羽詰まらせたのがすずだから。

リンの言う「秘密」とは、テルの運命にすずが間接的に関わっていたこと。それにリンは気づいていた。しかしそれを敢えて話さず、でもテルのことを(関わりがあったのだから)記憶に留めて欲しくて、遺品である紅をすずに渡したのだ。

すずが(知らない人なのにと断ることなく)黙ってテルの紅を受け取ったのも、「第25回(20年2月)」で触れた通り、その「秘密」に薄々気づいていたからだろう。

「それはそれで ゼイタクな事 かも知れんよ」「自分専用の お茶碗と同じ くらいにね」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p136)

つまり死んで記憶が無くなれば、秘密がなかったことになる、のではなく、秘密を独り占めできるので、自分専用のお茶碗を独り占めするのと同じようにゼイタクな事だ、と言っている。

そしてリンの細バカマがちらりと見えているのは、この場面で、リンの本心もちらりと見えている、ということを象徴しているのだろう。

それは「ゼイタク」とカタカナで書かれていることからも判る。

リンは本当は秘密を独り占めすることが「ゼイタク」だとは考えていなかった。

  • 第16回(19年9月)」でp41)「居場所はそうそう 無うなりゃせん」とは言ったものの
    • (詳細は「第37回(20年8月)」や「第41回 りんどうの秘密(20年10月)」で触れる予定だが「単なる物理的静的な場所ではなく動的な関係性にこそ居場所は存在し得る」のだとすれば)
    • 秘密を独り占めすることは即ち関係性の否定であるから、それは居場所の否定でもある。
  • あるいは
    • p135)「人が死んだら記憶も 消えて無うなる / 秘密は 無かった ことになる」と言いつつも
    • 一方でテルの紅をすずに渡して記憶に留めて貰おうとしているのも
    • そうした動的な関係性を(死んだ後も)続けるその営みこそが「居場所」なのだとリンも理解しているからなのだろう。

「周作さんが 笑うとって 安心しました」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p138)

リンが言う「秘密」が周作とのことのように思わせる効果があるが、これは単にすずの予想(妄想?)のどれとも違ったので「ああ周作さんは気持ちの整理がついてきたのかな」と安心したということなのだろう…と言いたいところであるが、これは安心したのではない。

周作がリンと直接会うところを桜の木の上から目の当たりにしてしまい、不安を掻き立てられたすずが、その不安を打ち消そうと、自分に言い聞かせる為に、周作の発言をそのまま鸚鵡返しして「安心しました」と言っただけなのだ。

そしてこのすずの不安は現実化する(それはこの後の「第30回(20年5月)」でこっそり描いてあるのだ…)。

そして、どうしようもない周作(そのどうしようもなさは後でこっそり描かれる)

周作がリンを見て、すれ違うまでの時間は、周作の前を横切る人の僅か数歩の間だけ

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p137)

そしてそれらのコマの視点はすずのそれ。「第34回(20年7月)」の7月2日未明の呉空襲後にすずがリンについて言及した時周作は驚いているので、それまですずとリンに接点があるとは知らなかっただろうから、この時リンは周作にすずの居場所を教えたりはしていないだろう。会話自体無かったかもしれない(下記の通り、リンは周作との遭遇を避けようとしていた筈なので)。

にもかかわらず…

「おかげで わしもさっき 知り合いに 会うた」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p138)

「おかげ」というのは、はぐれたすずを探しに来たおかげで、という意味。しかしこれにとどまらなかったのだな、実は(上記の通り、この後の「第30回(20年5月)」でこっそり描いてあるのだ…)。

「でもほれ 見てみ 下へ細バカマを はいとる」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 中』双葉社. p133)

別にすずが「この非常時に!」と詰ったわけでもないのに、リンが何故言い訳めいた説明をしているのかというと、p131)の径子の台詞「この非常時に みなよう 来んさること」が聞こえたから。

  • つまり径子のこの台詞が聞こえる位置に、その時リンは居た。
    • この回の最後のコマで周作がp138)「友達を追っかけ よるうちに」と言っているが「友達を追っかけ」ていたのは実はリンの方なのだ。
    • おそらくリンは
      • 周作達に見つからないように(危険を冒してでもどうしても告げたい事がある)すずだけを連れ出したくて
        • (一定の物理的距離をとりながら)追いかけつつ
        • 頃合いを見計らっていたのだろう。
    • リンは、周作が自分を見ると恋心を再燃させるだろうと正確に予想していて
      • (その予想の正確さは、この後の「第30回(20年5月)」でこっそり描いてある)
      • だからすずに気を遣って
        • わざわざ時間をかけて
          • (時間をかければかけるほど、二葉館の人達から逃げたと疑われる危険が増すのに…)
        • そのようにしていた。

そこまでしたのに、桜の木の下で周作と出会したのは、リンにとって想定外のミスだったのだ…(どうしても告げたい事をすずに話せたので、つい気が緩んだのかもしれないな)


目次に戻る

次へ進む


  • 更新履歴
    • 2022/03/11 – v1.0
    • 2023/01/31 – v1.1(読み易くなるよう加筆修正し、関係するリンクを追加)
    • 2023/03/13 – v1.1.1(「次へ進む」のリンクを追加)
    • 2023/04/05 – v1.1.2(変換ミスの修正)
    • 2023/05/12 – v1.2(「周作さんが 笑うとって 安心しました」が安心どころか、すずの不安の表れである旨修正)
    • 2024/03/08 – v1.3( ‘リンは本当は秘密を独り占めすることが「ゼイタク」だとは考えていなかった’ を追記)
    • 2024/04/03 – v1.4(「でもほれ 見てみ 下へ細バカマを はいとる」を追記)
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次