いきなり仕掛けが

「おかゆさん は ノドに 詰めや せん」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p57)

「『第1回(18年12月)』のコマ割りが、『波のうさぎ(13年2月)』のコマ割りとかなりの部分共通している」という有名な仕掛けに気づかせるための仕掛け。すずもすみも登場人物なのだが、『波のうさぎ(13年2月)』のp42)のコマを読者(あるいは作者)目線で認識していることが前提のちょっとしたギャグを演じている。

上段、中段、下段のコマは全て繋がっているので、下段左上の足は叔母のマリナの足

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p53)

海苔干し場の場面は、

  • 一つの場所をコマで区切って時間の流れも表現している(※手前に向かって干している海苔が増えている)。
  • なのにマリナ(「波のうさぎ(13年2月)」ではキセノ)の足はコマを跨いでいる。

これは、単一のコマ内に別の時間の様子が描かれる事も(この漫画では)ある、ということを示していて、それはこの物語のある重要な矛盾(「第41回 りんどうの秘密(20年10月)」p108)中段右のコマ)をとくのに必要となる定義なのだ。

「ほしたら『はい 新なのを一本 持て来ました』言うんで」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p58)

この上段中央のコマと、下段のコマは繋がっている。

  • 灯火管制の覆いはあるが「大潮の頃(10年8月)」p27)の電灯と同じ位置。
  • 下段のコマですずの顔の向こうの壁が崩れているが、「大潮の頃(10年8月)」p26)下段のコマにも同様の崩れが見える

ので、「大潮の頃(10年8月)」の(少なくともp26))は現実の場面のようだ(※p27も天井自体は現実のそれだが…詳細は「大潮の頃(10年8月)」にて説明予定)。

「その晩に婿さんが『傘を一本 持て来たか』言うてじゃ」/「なんでも じゃ」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p58)

穏やかそうなイトがこれ程までに頭ごなしに言うのは「すずが何も聞かされて(教えられて)いないのではないか」と心配したから。そしてそう思うのには当然理由があるのだ(※「冬の記憶(9年1月)」にて説明予定)。

「珍奇な女」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p64)

もしすずが椿柄の友禅を被っていなければ、周作か円太郎がすずのほくろに気づき、その結果(代用品の回(「第19回(19年11月)」)で明らかになる理由により)この物語は始まることなく終わっていた。

  • (勿論そもそも出会わせなければ気づく危険もないのだが、後述の「ええ話じゃったけ 受けといたったで」をさりげなく紛れ込ませるオチの為にはこのコミカルな出逢いは必要だった)
  • なので、ほくろに気づかれないよう、すずを(ほくろと反対側の)右に振り向かせ、「こっちです」と道案内の最中も友禅を被りっぱなしにさせている。

だから友禅を森田イトに渡させたのもイト的なのだ。

森田家の謎

「おばあちゃんは どっから来ん さったん?」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p56)

この時千鶴子は10歳(※千鶴子の年齢については「第20回(19年11月)」で説明予定)。同居しているのにイトの出身地を知らないのも妙。イトと同居してからまだ日が浅いのではと思われるが、

  • 「森田の叔父さん」とマリナは「大潮の頃(10年8月)」には既にイトと同居していた筈。
  • そして「大潮の頃(10年8月)」の少なくとも一部は現実であることは上記の通り。

「叔父ちゃん そっくり とは…」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p54)

草津の「森田の叔父さん」はすずの母キセノの弟になるので、

  • 血の繋がりがあるなら(性別は違うといえど)似ていてもそれほど不自然ではない(「第33回(20年6月)」でも周作と径子が「似とりんさる」と、わざわざすずに言わせている)のに、このすずの反応。
  • そして、対応する「波のうさぎ(13年2月)」のコマではp36)「鉛筆替えっこ しよっか!」。替えっこしようというのは、すずのちびた鉛筆と(それとは全く似ていないだろう)すみの鉛筆を、だ。

だから、千鶴子は胴長靴姿だけ見てそう言っているものの、実は「森田の叔父さん」とすずは全く似ていないのだ。それはどうしてなのか…詳細は「冬の記憶(9年1月)」にて説明予定。

存在しない「海苔の宵闇」

「うちも海苔を 作りよりましたが」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p61)

海苔が話題になっている。

  • 近隣の海苔づくりは廃業させられていて目に入ることはないだろうから、何か海苔が話題になるきっかけのものが部屋にある筈。
    • コマには描かれていないが、「冬の記憶(9年1月)」ですずが作った、月や星をくりぬいた所謂「海苔の宵闇」と同じ物を周作が持参していたのだろうか。
      • もし「冬の記憶(9年1月)」が実際に周作が体験したそのままなら、すずに思い出して貰おうと「海苔の宵闇」と同じ海苔を用意するだろうし、それを読者に示すのも自然な事。
      • しかし何故か「海苔」は全く描かれていない。
    • つまりこの場面で「海苔」もあるのにそれを具体的に描けない理由があるのだ。
      • 次のコマで森永ミルクキャラメルが描かれているが、「珍しい」手土産がそれだけだと読者に思わせ、「何故海苔がないのか」という読者の当然の疑念を逸らす効果がある。

それはその「海苔」が普通の海苔であって「海苔の宵闇」ではないからなのだろう。

  • つまりこの時点で、すずのみならず周作にとっても「海苔の宵闇」は存在しない事が示されている。
    • 実は「冬の記憶(9年1月)」の所謂「海苔の宵闇」は(物語上での)後年(「海苔の宵闇」が登場する「最終回 しあはせの手紙(21年1月)」より後)の創作なのだ(※「冬の記憶(9年1月)」にて説明予定)。

すずも周作も、珍奇ではない

右下の4つのコマ、左にすいた海苔が段々と積み上がっている

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p55)

工程をなぞりつつ、すずの手際の良さを表している。すずは決して「ぼーっと」はしていない。

「お前の母ちゃんが たまげて大声で 電話しよったせいで 皆 知っとるわ」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p60)

当時電話は殆ど普及していなかったが、電報では大声を上げたりしないので水原哲も含め「皆知っとる」状態にならないことから、あえて電話を使ったという設定にしたのだと思われる。

「あせったー! うちゃてっきり あんたかと!!」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p61)

「…期待していたのに」というところまでは、口に出せなかったすず。(重巡青葉乗務中の水原哲が結婚を申し込みに来るというのはそもそも考えにくいことではあるが、そうはいっても、前頁で呉→軍港→水兵→水原哲と連想するなど)今時の普通の女性と変わるところのない、(水原哲も「…ほう でもない 思うがの」と言っているのに)すれ違う初恋。

「電停探して 山へ登る人も 珍奇なが」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p64)

扇状地の先端部に住む浦野家にとって山といえば江波山だが、これは山といってもちょっとした丘程度。急勾配の続く灰が峰の中腹に住む北條家にとっては平地とさして変わらないもので、迷い込んでも「珍奇」というほどの違和感はない。

「ええ話じゃったけ 受けといたったで」

こうの史代(2008)『この世界の片隅に 上』双葉社. p64)

本人の意向は無視されている。家父長制がすずに振るう「暴力」が第1話から描かれている。


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  • 更新履歴
    • 2022/02/16 – v1.0
    • 2022/11/29 – v1.1(「おかゆさん は ノドに 詰めや せん」、「その晩に婿さんが『傘を一本 持て来たか』言うてじゃ」/「なんでも じゃ」を追記。その他、全体を読みやすくなるよう修正)

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