第37回(20年8月)

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目次

「第37回(20年8月)」について

本当に広島へ帰ることに

右下から2段目のコマで、これで会えなくなるとすずを見つめる周作

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p71)

目をそらすすず。

  • 広島へ帰るということで、外的要因によって「それしか選択肢がなく、余儀なくされている事」とはいえ、北條家を守るということを途中で放棄する形になるからか。
  • あるいは本気ではなかったのに広島に帰ることになってしまったからか。

「今日なん かいね あんたの里の お祭りは」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p73)

すずが広島へ帰ることを周作以外の北條家の皆に話す時に、それらしい理由として、里のお祭りに参加するためだとした可能性がある。

  • p72)で(「第8回(19年5月)」楠公飯の回で「径子らが 居らんと 静かなねえ」と言っていた)義母のサンが「すずさんが 居らんくなるんは 寂しいねえ……」と話しているし
  • 径子は餞別代わりのモンペを作っているしで

誰もそれを額面通りに受け取ってはいないようだが。

「…どうせ 間に合や せんよ」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p73)

やはりこの日医者に行ってその後直接「祭に間に合わせる」建前で広島に帰ることになっていたのだろう。

  • その後に続く径子の「だいいち 汽車の切符が 取れんもん」は「第32回(20年6月)」を想起させる。

すずは出来る家事だけをこなす

「やれ 朝から 暑いこと」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p71)

朝食の食器を片付けるのは小林の伯母。

「径子ちゃん なんかいま 光ったね?」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p76)

小林の伯母は手拭いを姉さんかぶりしている。食器を片付ける為だ。すずも台所仕事や掃き掃除の時はそうしていた。右手を無くす迄は。

なお、便所に行く時は当然手拭いを外すので、小林の伯母は台所でその光を見たのだろう。

「ああ これ洗濯じゃ なかったね」 / 「やっぱり これ洗うて 貰えますか」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p73) / p76)

洗濯は径子が行う。p74)「モンペに直したで」とあるように裁縫も。

姉さんかぶりもせずに、片手で不自由そうに掃き掃除をするすず

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p72)

思うように出来ていなさそう。

出来ない家事を無理矢理しようとすると失敗して却って迷惑になるので、台所仕事や洗濯は敢えてしないということなのだろう。

家事が十分に出来ないすずの居場所は、ここではないのだろうか。

ここでしかあり得ない「居場所」

「……… こないだは 悪かった」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p74)

このタイミングで径子が晴美の件ですずを詰った事を謝ったのは、そのせいで広島に帰ると言い出したのだと思ったから。

「失くしたもんを あれこれ考えんで すむ………」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p75)

そもそもこの結婚話が気に入らない(※「第2回(19年2月)」参照)径子は、すずが「周りの言いなりに」絵の仕事(すずの前職…※「第15回(19年9月)」参照)を諦めて「言いなりに働いて」いるだけだと考えていた。

だから「いつでも往にゃええ思うとった」。すずの居場所はやはり絵の仕事にこそあるのだろうし、いずれ(周作に限らず)「ここがイヤに な」るだろうと。

  • しかしすずは(利き手の)右手を失い、すぐに絵の仕事に戻れるという可能性も失った。
  • そして径子は(キンヤに続いて)晴美を亡くした。
    • しかも径子は自ら、晴美に「言いなり」を強いてしまったままで…
      • 円太郎のp32)「晴美を疎開さして貰え」を径子があっさり受け入れたのは、「第11回(19年7月)」でも触れた、その後ろめたさを解消できるという思惑があったからなのに。

「失くしたもんを あれこれ考え」てしまうのはすずも径子も避けられないし、互いにそれを解決してあげることも出来ないが

  • そういう立場にあるということだけは少なくとも互いに自分事として理解出来る、そういう人が側に居る場所
    • つまり単なる物理的静的な場所ではなくそういう動的な関係性にこそ居場所は存在し得るのではないか。

だから「すずさんの 居場所はここ」なのだ。他のどこでもなく。

  • ここ」というのは
    • だから北條家という物理的な場所というよりも径子との関係性を意味するので
    • 当然ながら「どこでもええ」なわけがない

「自由」に振る舞った「罰」なのか?

「自分で選んだ道」だから「不しあわせとは違う」と径子は言う。

  • これを読んだ現代の『この世界の片隅に』の読者は
    • 「自分で選んだのだからその結果は自己責任だ」とウッカリ思い込んでしまいがちである。
    • もっとウッカリすると「女性のくせに自由に振る舞った罰だ」とさえ。
  • しかし、「第22回(19年12月)」などでも触れたように
    • すずや水原哲に限らず
      • 人は何かを選ぶことが出来たとしても「それしか選択肢がなく、余儀なくされている事」の範囲でしか選ぶことが出来ない。
    • それは(比較的自由に振る舞っていそうな)径子とて同じだ。

そもそも選択肢は、限られているのだ(選択の前提条件も含めて)。

  • そうした限られた選択肢しか用意されていない
    • つまりそれ以外の選択肢は本人の関与できない形で予め塞がれている
      • しかも塞がれている範囲は一人一人異なっている。
        • 女性だから、といった属性によるものもあるし
          • それ以外にも様々なものがある
      • それは当時も現代も変わらない…
    • のに、その結果だけ丸ごと「自己責任」とされる謂れはない。当然だ。

他方でこれも「第22回(19年12月)」などで

外的要因によって「それしか選択肢がなく、余儀なくされている事」ではある。ではあるが、外的要因によるものであり主体的自発的ではないのだと思うと、とてもやりきれない。 なので人は、それを自らのそれまでの行動原則や価値観の中に、整合性をつけて位置づけようとする。つまり「一貫性」を保とうとする。「普通で…まともで居」るというのは、その自分の「一貫性」を保つ、ということ。

と触れたが、径子も同じだ。

  • 径子は
    • 「自分で選んだ道」だから「不しあわせとは違う」と
      • 自らの「一貫性」を保とうとしている。
      • 「普通で…まともで居」ようとしている。

それはとても辛いことだ。

  • それを解決してあげることは勿論出来ないけれど
  • そう、すずは考えたからこそ
    • 先程までは広島に帰るつもりでいたが、その考えを翻して
      • 「ここへ居らして貰えますか」と申し出た。
        • (あくまで申し出なので、勿論涙声になったりはしない)

径子が晴美の事を許してくれたから北條家に居ることにした…的な、そういう自分中心、自分勝手な考えではない、のだ。

  • なにしろ「第25回(20年2月)」(や「第16回(19年9月)」)で触れたとおり
    • すずは自身の深刻な問題よりもリンやテルの方を優先する人間なのだから
    • ここでも
      • (広島に帰らなければならなくなるくらい追い込まれた自身のことよりも)
      • 径子を優先したのだ。

切れゝの寄せ集め

「見んで ええ!」

こうの史代(2009)『この世界の片隅に 下』双葉社. p73)

1つ前のコマで、径子が純綿をすずのモンペに直すために、ゴムひもの切れ端を寄せ集めるように結んで繋いでいる。切れ端の寄せ集めで格好悪いので「見んで ええ!」と言っただけ。

最終回 しあはせの手紙(21年1月)」の

  • p146)「懐かしい切れゝの誰かや何かの寄せ集めにすぎないのだから」
  • p149)「あちこちに宿る切れゝのわたしの愛」

が思い起こされる。


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更新履歴

  • 更新履歴
    • 2022/03/30 – v1.0
    • 2023/03/13 – v1.0.1(「次へ進む」のリンクを追加)
    • 2023/03/31 – v1.1(”径子は鬼いちゃんではない(当たり前だが)”を削除し、”ここでしかありえない「居場所」”を追記)
    • 2023/05/25 – v1.2(「晴美を疎開さして貰え」を径子があっさり受け入れた理由を追記)
    • 2023/12/28 – v1.3(「径子ちゃん なんかいま 光ったね?」を追記)
    • 2025/06/05 – v1.4( “「自由」に振る舞った「罰」なのか?” を追記)
    • 2025/06/06 – v1.4.1( “「自由」に振る舞った「罰」なのか?” に、涙声になったりはしない旨追記)
    • 2025/06/10 – v1.4.2( “「自由」に振る舞った「罰」なのか?” に、すずが自分よりリンやテル、径子を優先する人間である旨追記)
    • 2025/06/14 – v1.4.3(目次を追加)
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